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行徳鳥獣保護区ってどんなところ?

最終更新日:2026年4月15日

 東京都心からほど近い行徳鳥獣保護区は、千葉県市川市の沿岸部に位置する都市の中に残された貴重な自然保護区です。埋め立てによって造成された保護区であるため、一般的な自然保護区とはやや異なり、人の手を継続的に加えながら管理しています。ここでは保護区の環境や、成り立ち、管理作業について紹介します。

写真で見るとこんなところ!

 四季を通じて様々な環境に多様な生き物が暮らしています。特に干潟や湿地では絶滅危惧種を含む貴重な動植物が棲息しています。

​保護区の環境

 保護区は宮内庁が管理する新浜鴨場に隣接しています。全体は埋め立て地からなる陸域部と、東京湾と水門でつながる海域部で構成され、面積は約56ha(東京ドーム12個分)です。陸域部は本土部・外周部・UFO島・南極島に区分されています。

 保護区は千葉県により鳥獣保護区に指定され、さらに隣接する新浜鴨場と周辺の緑地帯とともに行徳近郊緑地特別保全地区に指定されています。また『野鳥の楽園』や『行徳湿地』の名でも親しまれています。

  • 本土部

​ 本土部には大小様々な池や湿原、水路があり、面積の約3分の1が淡水の湿地環境となっています。草原や林も見られ、限られた面積ながら多様な自然環境が凝縮されています。

  • ​​​​外周部

​ 外周部は、本土部とともに海域部を囲うような幅の狭い陸地で、クロマツやキョウチクトウを主体とした植林地となっています。一部がカワウやアオサギの集団繁殖地(コロニー)として利用されています

  • 島部

 海域部の西側に、UFO島と南極島の2つの小さな島があります。島はヨシで覆われており、UFO島は樹木の生長も進んでいます。これらの島に人が立ち入ることはありません。​​

  • 海域部

 海域部は、保護区北東の千鳥水門と南西の暗渠水門で東京湾とつながっていますが、海水交換のほとんどは千鳥水門を介して行われています。幅3mの水門で潮の満ち引きが生じるため、東京湾との間には1~2時間程度の時差があり、潮位の幅も東京湾の約3分の2にとどまります。最深部の水深は約7~8mです。本土部沿岸にはヨシ原が広がり、干潮時には保護区西側のセイゴ水道やウラギク湿地などで泥質の干潟が広く現れます。​​

​保護区の成り立ち

 行徳鳥獣保護区が位置する東京湾最奥部の行徳地区一帯は、かつて広大な干潟と湿地が連なる自然豊かな環境で、特に水鳥の棲息地として世界的にも有名な場所でした。しかし1950年代から開発の波が押し寄せ、1960年代になるとついに埋め立てが始まりました。これに対し、野鳥の愛好家を中心とする自然保護団体が保護運動を展開します。まだ環境保全の観点が今ほど社会に浸透していなかったことから、開発推進側との間で対立が生じ、「人か鳥か」と大きな社会問題にまで発展しました

​昔の行徳地区の様子(1969年)

 このような経緯のもと、保護区は両者の折衷案として、失われる干潟や湿地といった水鳥などの野生生物の棲息地確保を目的に1970年に造成開始、1975年にすべての工事が終了しました。周辺の地域では急速に開発が進み、蓮田や水田だった場所の大半が市街地に姿を変えています。造成後は『行徳野鳥観察舎友の会(現在のNPO行徳自然ほごくらぶ)』が保護区の管理を千葉県から受託し、今も多くの生き物の棲息環境を保つための活動を続けています。

開発前の行徳地区の空中写真です。

まだ保護区はありません。

埋め立てが進んでいきます。

保護区は1970年~1975年にかけて造成されました。

80年代から90年代にかけて再整備が進み、湿地帯や池が作られ、現在の形になっています。約50年の間に樹木も成長し、林になっている場所もあります。

造成から数年がたち、全体が草原に覆われています。まだ池は一つしかありません。

  • 保護区造成から現在までの環境の変遷

【本土部における湿地帯の造成と植生の変化】  保護区の造成は1970年に始まりました。浅い海底の土砂を海水ごとポンプで汲み上げ、鋼矢板で囲った区域に流し込む方法により、海域部の内部に陸域部が形成されました。当初、淡水域は1974年に本土部に造成された旧淡水池のみであり、当時は雨水や上水を水源としていました。1980年代~90年代にかけて保護区の再整備事業が進み、淡水域は次第に増加しました。1982年には田の字池が造成され、水源は雨水のみでした。1987年になると上池と下池が造成され、水源は保護区の西にある丸浜川からポンプで汲み上げていました。1994年に湊池と湊池棚田が造成され、現在のように湊排水機場から都市排水を汲み上げ始めました。その後1996年に三島池と百合池、1997年に浄化池と竹内が原、長靴池などが造成され、現在の淡水湿地環境の基盤が形成されました。 植生は、造成当初は粘土質の裸地が広がっていましたが、すぐにヨシやイヌビエ、ヒメムカシヨモギを主体とした草原が広がっていきました。その後、ヨシとセイタカアワダチソウが中心の草原に遷移が進みました。1990年代後半から樹木が勢いよく成長をはじめ、2014年ごろには保護区全体の3分の1程度が樹林で覆われるようになりました。 【千鳥水門の開放】  保護区造成当初、千鳥水門は閉じられており、海水の交換は南側の小さな暗渠によってわずかに行われるのみでした。千鳥水門から東京湾へつながる部分は都市排水路でもあったため、水質汚染の懸念から開放には慎重な姿勢がとられていました。1977年ごろから実験を重ね、千鳥水門を開放すると安定して海水の交換が行われるようになりました。潮の満ち引きが生じることで干潟が出現し、そこに様々な海生生物が棲み着くと、それを餌とするシギやチドリなどの鳥類もやってくるようになりました。 【東日本大震災の影響】  2011年の東日本大震災では配管の破損、地面の隆起や陥没、地割れ、液状化による砂泥の噴出など甚大な被害が発生しました。水路が埋まったり、池が決壊するなどの影響も生じ、いくつかの池で改修工事が行われました。この他にも、本土部に残る亀裂や、本土部から分断された下北岬、海域部の浅瀬の消失など、現在も震災の痕跡が確認できます。

​管理作業

  • 水の管理

 保護区は埋め立て地であるため、湧き水など天然の水源はありません。したがって雨水が中心の都市排水を溜めている池(湊排水機場)からポンプで水を汲み上げ、配管を通して各所に流し、人工的に淡水の環境を作っています。また酸素の供給による水質の改善のために、水車を回している池もあります。​​​​​​​

  • 湿地帯の植生コントロール

 湿地は放っておくと枯れた草などが積み重なっていき、少しずつ草原に、やがて樹林へと移り変わっていきます(植生遷移)。通常は洪水などの自然の力で遷移が抑制され、草原化せずに湿地環境が維持されます。しかし保護区ではそのようなことは起こらないため、草刈り機や重機などを使って人の手で攪乱を起こして遷移をリセットしています。 

  • 外来種対策

 保護区には様々な外来種が入ってしまっています。その中でも侵略性が高く、在来種への影響が特に大きいと考えられる種については防除活動を実施しています。例えば、史上最悪の外来植物ともされるナガエツルノゲイトウに対して、遮光シートや防草シートを用いた中長期にわたる大規模な範囲での防除方法の有効性を検討しています。

  • この他にも、草原や林の管理、絶滅危惧種の保全活動なども実施しています。また、自然観察会などで利用する観察路の整備および安全の確保も行っています。

参考文献など

​​●参考文献

  • 風呂田利夫,1976. 新浜水鳥保護区の現況と調査.千葉県,市川市行徳地先内陸性湿地帯(新浜水鳥保護区)の学術調査報告書 昭和50年度,pp. 7–8. 千葉県,千葉.

  • 風呂田利夫,1977. 新浜水鳥保護区の現況.千葉県,行徳近郊緑地特別保全地区(千葉県市川市)生物調査報告II 昭和51年度,pp. 9–15. 千葉県,千葉.

  • 風呂田利夫,1978. 新浜水鳥保護区の現況(1977年度).千葉県・新浜研究会,千葉県行徳近郊緑地特別保全地区(新浜水鳥保護区)生物調査報告III,pp. 1–5. 千葉県・新浜研究会,千葉.

  • 行徳野鳥観察舎友の会,1986. よみがえれ新浜:行徳野鳥観察舎10周年記念すずがも通信特集号.152 pp. 行徳野鳥観察舎友の会,千葉.

  • 行徳野鳥観察舎友の会,1994. 保護区の淡水湿地.すずがも通信,(86): 8–9.

  • 行徳野鳥観察舎友の会,2011. 常勤スタッフによる保護区・観察 舎情報.すずがも通信,(187): 4.

  • 蓮尾純子.1976. 新浜水鳥保護区のおいたち.千葉県,市川市行徳地先内陸性湿地帯(新浜水鳥保護区)の学術調査報告書 昭和50年度,pp. 5–6. 千葉県,千葉.

  • 蓮尾純子,2016. 行徳野鳥観察者の歩み.市川市史自然編編集委員会,市川市史自然編都市化と生きもの,pp. 294–309. 市川市,千葉.

  • 石井信義,1980. 新浜水鳥保護区設置までの過程.遺伝,34(1): 104–111.

  • 岩瀬 徹,1980. 新浜水鳥保護区(本土部)における植生の遷移に関する調査(4).千葉県・新浜研究会,千葉県新浜水鳥保護区(行徳近郊緑地特別保全地区)生物調査報告V昭和54年度,pp. 103–129. 千葉県・新浜研究会,千葉.​

  • 金子謙一,2016. 都市化が進んだ時代昭和後半~平成.市川市史自然編編集委員会,市川市史自然編都市化と生きもの,pp. 54–60. 市川市,千葉.

  • 野長瀬雅樹・山口誠,2012. 常勤スタッフによる保護区・観察舎 情報.すずがも通信,(193): 6.

  • 内田脩太,2024. 造成から約50年が経過した埋立地である行徳鳥獣保護区(千葉県市川市)のオサムシ科甲虫.千葉県立中央博物館研究報告,17: 5–20.


​図と写真の一部は内田(2024)の図2, 3を一部改変して使用

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​●地図の出典

国土地理院撮影の空中写真(1963年,1970年,1979年,2019年撮影)

●ドローンによる行徳鳥獣保護区の空中写真の提供(敬称略)

三浦康彰(mys)

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